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「なぜ」と「どのように」2 近代哲学の精神について

前回、西洋において生まれた近代科学は、人間の自然に関する問の形式が「なぜ」から「どのように」へと変化したときに生まれた、という話をした。それ以前の科学は、どちらかというと自然の現象の理由づけを探していたのに対し、近代科学は、自然現象の展開や性質をおもに探求するようになった、ということだ。

さて、今まで「それ以前の科学」という言い方をしてきたが、じつは近代以前には科学という言葉はなかったし、使われていなかった。代わりに、哲学(英語ではPhilosophy、知を愛することという意味)という言葉が使われていた。この言葉はワタシが確認するかぎりでは、少なくとも18世紀初頭まで現在の「科学」とまったく同じ意味で使われていた。が、遅くとも19世紀後半になると哲学が科学という言葉に完全にとってかわられる。実際それまでは、科学者にしても、たとえば自然科学者ではなく自然哲学者(これはニュートンの自称)と呼ばれていたし、植物哲学者などと呼ばれていた。

今日、哲学という言葉は一般的には「ポリシー」という程度の意味でしか使われなくなっているが、むかしは科学と同じ意味だったし、実際、「哲学者」と呼ばれる人々が今日でいう科学的な探求を行っていた。だがまあそれはいいとして、近代科学の誕生時に起きた「なぜ」から「どのように」への問の形式の変化が、哲学にも起こっていたということを今回は言いたい。

これはまあ、当たり前である。近代科学の誕生が17世紀だとして、そのときにはまだ科学は「哲学」と呼ばれていたのだから、というより、科学と今日「哲学」と呼ばれるものがまだ分離していなかったのだから、近代科学の誕生とは要するに近代哲学の誕生と同じ意味でないとおかしい。では、近代哲学とはなにか。それは、経験論である。

西洋哲学史における経験論の誕生、これが明らかに西洋において近代を中世と分けるものであり、やがて近代科学を生み出したものだった。西洋において近代経験論の先駆者は13世紀の学者、ロジャー・ベーコンとされている。wikiによると、彼は彼は当時世界の最先端にあったアラビア科学と哲学に親しんでおり、近代科学を先取りして経験と観察の重要性を強調した」ということだ。要するに、当時のイスラム科学が進んでいたので、その精神の重要性をいち早く西洋に紹介した人ということだ。

で、ずっと時代が進んで17世紀になると、同じくイギリス人のフランシス・ベーコンという人が帰納法の重要性を主張した。wikiでは「スコラ学的な議論のように一般的原理から結論を導く演繹法よりも、現実の観察や実験を重んじる帰納法を主張し、近代合理主義の道を開いた(イギリス経験論)」と書かれている。これを見ると合理論=経験論なのか?という感じで混乱するかもしれないが、そこはスルーしていい。重要なのは、この時代になるともう、現在と過去の学問の方法論自体の違いがはっきりと理論化されていたということだろう。演繹というのはまず原理(これは「なぜ」という問から導かれたもの)から出発して結論を求めるのに対し、帰納というのは逆に現実に起きている現象という結果をもとに(原理を求めるのではなくて)自然を探求するという態度なわけだ。

で、ロックがこの発想をさらに展開して、近代経験論ってものを確立する。近代哲学はじつはデカルトではなくて、ロックの圧倒的な影響のもとで発展したのだが、まあそれもいい。とにかく、以降の哲学は、合理論だろうがなんだろうが、経験論的発想が下敷きになっている。が、近代以前にも経験論的発想はあったし、その発想が近代にも流れ込んでいる。だが、まあそれもここで話すことではない。

何が言いたいかというと、科学や哲学というのは基本的に同じだったということだ。どちらも、実際に起きている現象をもとに探求する。これが宗教とは違うところだ。宗教は実際に観察できないことがらを理由に現象を説明する。これに対し、哲学も科学も、実際に起きている現象をどうやって説明するか、という動機でうまれたものだ。ここを勘違いしている人が多い。というか、現代では哲学は宗教とほぼ同じと世界中でみなされている。だが、これは西洋の思想史では間違いなのだ。

近代になって経験論が生まれ、それまでの方法論とは別の方法論で自然を探求するようになったとき、そのときもやはり科学と哲学は同じ意識を共有していた。今日「哲学者」と呼ばれる人が方法論を提供し、今日「科学者」と呼ばれる人が実際に実験したりした、と言ってもいいが、これもまあ正確ではない(実際はニュートンが近代科学の精神を決定づけた)。とにかく、いつからか科学は哲学と分離しはじめ、今日、両者がむかしは同じだったというようないことを言うと、科学者からはもちろんのこと、哲学者からさえバカにされかねないというような状況になった。でもまあ、そんなことはどうでもいい。

さきに、「近代以前にも経験論的発想はあった」と書いたが、これは、近代以前にも「なぜ」ではなく「どのように」という形式で自然を問う学者がいたということだ。西洋の哲学史が独特なのはこの両者の発想がどちらも古代ギリシャで誕生し、ともに発展してきたということにある。たまに、西洋の思想が限界だから東洋の思想を探求してみようみたいなことをいう人がいるが、そういう人は西洋の思想など何もわかってない。たとえば老荘思想なんかほとんど宗教のようなもので、現代的な価値はほとんどない。だが、仏教には西洋の経験論にも似た発想がかなりある。「なぜ」で問う思想はすべて古くてあまり価値がないが、「どのように」を問う思想はまだ価値があるのだ。次回があればそこんとこもう少し掘り下げてみたい。